続・ネットで実名を公開するリスク

続きです

前回の記事では、実名公開で「ストーカーリスク」は上昇するが、それは一般にネットで喧伝されているほどではないだろう、ということを書きました。
だったらどうだと言うんだ、たとえわずかであってもリスクが上がるなら、たいしたメリットもない以上、匿名にしておくに越したことはないじゃないか、と言われそうですし、そうしたい人はそうすればよいかと思います。
ただし、ハンドルにしたからといって、「ストーカーリスク」も「サイトばれリスク」もゼロになるわけではありません。
誰かへの中傷を書いて、相手が本気で「こいつ訴える」と思ったら、ハンドルなど無力です。
参考:id:KoshianX さんの記事:
匿名推進派は誰が自分を守ってるのかわかってない人が多い - 狐の王国
「サイトばれリスク」にしても、前回も書いたとおり、職場の愚痴とかを書けば見つかってしまう可能性はそれなりにあります。
ハンドルだから自由なことが書ける、というのは一面では事実でしょうが、だからといってなんでも書いてよいわけではないし、ハンドルの匿名性を保ちたければ気をつけないといけないことはかなりあります。
「実名でも書けるようなことだけを、ハンドルで書く」というのが、リスクを避けるなら最上なのかもしれません。しかし、人間、なんといっても弱いものなので、ハンドルだとついつい調子に乗って「実名では書けないこと」を書いてしまうことはありそうです。ていうか現在、ネットの多くがそういう状態になっているように私には見えます(で、「サイトばれ」とともにサイトやブログを閉鎖してしまうわけです)。
「ハンドルで調子に乗って下手なことを書いてしまうことを防ぐために実名で書く」となると、「気をつけて運転するためにシートベルトを外す」とか、「必ず帰ってくる主義だからノーマルスーツを着ない」みたいな本末転倒したものを感じなくはないですが、実感として効果はあるようです*1
「実名でも書けるようなことは、実名で書く」「実名では書けないようなこと(エロゲのレビューとか)はハンドルで書く」あたりが健全なバランス感覚なんじゃないですかねえ。

匿名蔓延の害

「健全なバランス感覚」って何だ、俺はハンドルでもちゃんと自制して書いているし、わずかでもリスクが上がるなら実名なんか出さないのが当然だ、と思うかもしれません。はいはい、あなたはそうすればよろしい。私だって匿名ブログのひとつやふたつ持っている。ただ、今の日本ほど、ネット上ではだれもかれもがハンドルという状況は、私には異様に映ります。
個々人が実名を選ぶかハンドルを選ぶかは結局当人の判断に任せるしかないですが、「ネットではハンドルが当たり前」という状況には害があると私は考えています。
まず、ひとつには、ハンドルとはいえ匿名であることで、罵倒や中傷が気軽にできてしまうこと。今回の発端の勝間和代さんが言っているのも要するにそういうことでしょう。
捨てハンドルならいざしらず、継続的に使用している固定ハンドルなら、自分の発言に責任を持つことになるだろう、という主張はわかりますが、固定ハンドルと捨てハンドルの境界は明瞭ではありません。数年使った固定ハンドルなら捨てにくいでしょうが捨てる人は捨てるし、3日しか使っていない固定ハンドルならより抵抗がないでしょう。2chとかの名無し文化が混じってきているところがあるのでしょうが、現実問題として固定ハンドルのブログでも語尾に「www」とかいっぱいくっつけて喜んでいる人がいるわけで、「ネットではハンドルが当たり前」という状況は、全体として、日本のブログを「口が悪いもの」にしているというのは確かだと思います。まあ、かつてのfjの頃から実名でも荒らし発言を繰り返す奴はいましたが(日下部陽一氏とか)、たいていの(まともな)人なら、実名なら相当の自制が働くのではないでしょうか。
そしてもうひとつの匿名蔓延の害と私が思っていることは、ハンドルや匿名があまりに蔓延することで、「ネットで実名を公開するなんて馬鹿」的な風潮が生まれることです。
いまやすっかり有名時になってしまった赤木智弘さんの記事に、以下のものがあります。
「きんも〜っ☆事件」の分析

「ネットで個人情報を晒さないのが常識」と考えられる現状は、逆に「ネットで個人情報を晒す人はオカシイ」ということであり、「個人情報を晒すような人間は叩いていい」という、自分の個人情報を晒すという「非常識な行為」に対して罰をあたえるような感覚があったのではないかと私は考えている。

杞憂、あるいは考えすぎだと思います?
「きんも〜っ☆」事件においては、件の女子大生さんは「おたくがきもい」という、「そりゃまあそう言われるよな」レベルの発言をしただけであり、それがこれだけ叩かれたのは、やはり「実名・顔写真を公開していたから」なのではないかと思います。
別の例では「ケツ○○ーガ○」事件なんてのもありました*2。あの件では女性は完全な被害者ですから、「うわっ、こいつ(mixiで)実名晒してやがるぜ」という意識がなければ、あんな形での騒ぎにはならなかったんじゃないでしょうか。
今回の一連の投稿の中でも、実名発言を「本名プレイ」などと呼んでいる人がいますが、芸能人でもスポーツ選手でも本の著者でも政治家でも中小企業の社長さんでも、昔から多くの人は実名でやってきているのであって、それがまるで異常な行為であるかのように見られるのは嫌ですね*3

補足

「芸能人でもスポーツ選手でも本の著者でも政治家でも中小企業の社長さんでも…」とか書くと、「そういう人は実名でメリットを受けているだろう」と言い出す人がいそうです。勝間さんのクロストークでも以下の発言がありました(全部は読んでないので適当に抜粋)。

 ある程度名の売れた人であれば、何か問題が発生してもご自身で身を守れるでしょうが、何の後ろ盾も持たない普通の人に同じ対応を求めるのは無理があります。

公認会計士で有名人という特・権・階・級だから
簡単にそういう「無謀なこと」を簡単に書けるんだとおもう。
弱い者から、声を取り上げるな。
あなたが野にくだり努力して声を拾え。

現状、このような一般的な個人が表現するには、「実名では危険」なのです。
表現を生業としている方々は、その実名で表現できる「周辺環境」が、まるで誰の身の回りにも自然に存在しているかのように錯覚しているのではないでしょうか。「パンが無ければケーキを食え」と言わんばかりの傲慢さが見えてきます。

こういうことを言う人たちに聞きたいんだけど、たとえば勝間さんにどのような「後ろ盾」が? 実名公開が一般人にとって「無謀なこと」だとするなら、「特・権・階・級」ならなぜ無謀じゃないんでしょうか。勝間さんは稼いでいるかもしれないけれど別にSP雇って常に周辺警護させてるわけではないでしょう。まして売れない物書きや中小企業の社長さんにおいておや。

もうひとつ。まなめさんのこの投稿ですが、
http://twitter.com/maname/status/4601234589

#crosstalk 実名出すこと、会社に禁止されているサラリーマンもいるってこと忘れないでください。目立つことが仕事の人もいれば、目立ってはいけない仕事の人もいますよ。

そもそも業務時間外に書くブログで、会社に(所属会社ならともかく)実名を出すことを禁止する権利があるんだろうか、と単純に思いますが…… いやもちろんそれに従ったからといって「社畜」とは思いませんけどね。
id:malaさんの言うように、
http://d.hatena.ne.jp/mala/20091008/1254999291

  • 会社の業務を実名ですることを強制される
    • 営業で実名入りの名刺配ったり、社員紹介ページに実名顔写真セットで掲載されたり。
  • 実名出しただけで会社名と紐づけられる状況が発生する

という状況もそりゃないとは言えないし、難癖つけてくるやつは、いかに所属会社とは無関係な発言であっても会社に難癖つけてくることがありますからねえ。
本来であれば、たとえ所属を明かして発言していたとしても、個人として行った発言の責任は個人に属する、というのがコンセンサスになっていなければならないと思うんですが……

*1:同じようにセキュリティ関係の活動をしていても、高木浩光さんとOfficeさんがそれぞれどうなったか。

*2:あまりにひどい話だったと思うので、検索等やりくにいよう伏字にしています。効果があるかはわかりませんが。

*3:本件、「○○プレイ」という言葉からなんというかSMチックな方向のものを連想しておりましたが、ゲームの用語としては一般的なもののようですね。コメント欄参照のこと。id:lastlineさんにはお詫びいたします。